ラップとは、和歌・俳句・川柳に並ぶ現代の言葉遊びである【Woz llc Note】

ラップとは、和歌・俳句・川柳に並ぶ現代の言葉遊びである【Woz llc Note】

今流行りのラップとは何!?


海外や若者のあいだで流行しているラップとは一体なんなのか?今更かもしれませんが、一度深く考えてみようといった内容です。

ここ2年くらいから、日本でもラップ文化が登場し始めた気がします。

最近は流行の流れが止まらず、音楽というもの在り方が変化していますね。

ラッパーは怖い?そんな基礎的なことから、幅広く取り上げてみましょう。


本記事は、Woz llcさんのNote「ラップとは」を感想・まとめたものです。



 

目次

 

  1. 現代の言葉遊び

  2. 韻を踏む

  3. エンターテイメントに終わらない表現

 

 

 

 

 

 

現代の言葉遊び


ラップとは、現代の言葉遊びであると言います。


平安なら和歌であり、近代なら俳句・川柳であり

ラッパーとは現代の山頭火であり、碧梧桐である。

海外なら杜甫やシェイクスピアである。


このように表現しているが、本当に言いたいことは、「ラップとは言葉遊びであり文学だという事」のようです。


ラッパーというと、少し怖いイメージやけんか腰のような偏見ではあるが、印象を持っている方もいると思います。

でもそうではなくて、僕はラッパーは、クリエイターだと思っています。現代人が見つけた言葉遊びであり、魅力を感じます。


情報過多の現代において、かつてのような「教養」を前提とした遊戯の普及はもはや不可能。人々に伝わらないのでは、遊びとしては面白く無い。一部教養人の嗜みでは、時代は作れない。



ラップの面白さはやっぱり表現の自由ではないでしょうか?僕の個人的見解ですが、J-POPは少し綺麗すぎるんですよね。その点、ラップやロックというのは、気持ちが高鳴ります。また、自分の気持ちを代弁してくれるような気がします。



韻を踏む


この「教養の無い時代」に世の中に伝わる言葉遊び自体は色々あるが、最も盛り上がっているのは、ラップしかないですよね。


それだからこそ絶対的な魅力を持つもの、それが言葉の持つ「音」であり、「押韻」であると言います。


はるか太古の漢詩から普及し続け、言語を問わず遊ばれるこの「韻を踏む」という行為は、限りなく平易でありながら、本能的に魅力的だ。



刺青だらけのラッパーであっても、韻を踏むことだけは守るみたいです。

さらにラッパーのことを次のように表現しています。

「表現したい事を、韻を踏みながら、音楽に合わせながら言葉にする」という、実は五七五よりも多い束縛の中でやってのける、現代の詩人達、それがラッパーだ。


ラッパーにあるルールは唯一「韻を踏む」ことだけです。ファッションや外見などは関係ありません。キャップを被ったり、パーカーをきている印象が強いですが、そんなものは関係なく自由なんです。


ここにもラップが流行る理由が隠されているのではないでしょうか。まさに今の時代に即した音楽であり、遊びなのです。



エンターテイメントに終わらない表現


世界的にラッパーに宿命づけられているのが、「社会風刺」「問題提起」といったものですよね。

これもかつての和歌や俳句のように、文学や詩の大事な役割を担っています。


ラップは言葉遊びであり文学だ。全てがそうだとは言わないが、それなしにラップは語れない。商業主義的に生きるしかなくなった大衆音楽から一線を引き、言葉で世の中と向き合い続けるラッパー達の言葉にこれからも注目して欲しい。



個人的にもラップには注目していきたい。さらにもっと人気が加速するだろうし、クリエイターの一人としても応援していきます。


実は最近知ったのですが、ポエトリーリーディングというものが存在するようです。ラップの一種ではあると思うのですが、音楽関係なしにただ渾身の気持ちを伝えるというものです。

プロ無職るってぃさんの動画で公開されていますので、きになる方は是非みてみてください。





 

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