松下幸之助の生きた伝説『人を見る眼・仕事を見る眼』

松下幸之助の生きた伝説『人を見る眼・仕事を見る眼』

松下幸之助エピソード集から人生のヒントを学べ


今回紹介する書籍は、松下幸之助さんの著書『人を見る眼 仕事を見る眼 松下幸之助エピソード集』です。


平成元年4月27日に94歳の生涯を閉じた松下幸之助は、その生涯において数々のエピソードを残しています。


ここでは、その一部を紹介します。エピソード一つ一つに、人生を生き抜く知恵や、仕事を成功に導くヒントといったものが含まれているように思います。

 

 

 

 

目次

 

  1. しるこ屋をやれ!

  2. 君はなぜ学校を出られたか

  3. 僕は婦人を解放した

  4. 青春の詩

 

 

 

 

 

しるこ屋をやれ!


昭和30年ごろ、新型コタツの発売に踏み切った直後に、誤って使用すると不良が出る恐れがあることが発覚し、全品回収することになった。


その回収に奔走していた電熱担当の課長がある日、松下幸之助社長に呼ばれたのです。これはその時の会話の一部です。


「君、明日から会社をやめてくれ」
「困ります。幼い子どもが二人いますし……」
「それは金がないからだろう。君が困らないように金は貸してやろう。その代わり、わしの言うとおりにやれよ」
「はい……」
「会社をやめて、しるこ屋になれ」



突然のクビ宣言かと思いきや、今度は「しるこ屋」になれと言われる始末。いったいどういうことでしょう。もう少し続きを見てみましょう。


「君は、まず明日から何をやるか」
「新橋、銀座、有楽町と歩いて、有名しるこ屋三軒を調査します」
「何を調査するのや」
「その店がなぜはやっているのか、理由を具体的につかみます」
「そのしるこに負けないしるこをどうしてつくるか研究します。あずきはどこのがよいのか。炊く時間と火力、味付け等です」



なぜこのような質問を、本当にしるこ屋をやらせるつもりなのか?


「自分の決めた味に自信を持つこと。それから大事なのは、毎日毎日、つくるごとに決めたとおりにできているかどうか自らチェックすることや」
「必ず実行します」
「それだけではあかんよ。毎日初めてのお客様に、しるこの味はいかがですかと聞くことが必要やな」
「君が五円で売るしるこ屋の店主としても、毎日これだけの努力をせねばならない。君は電熱課長として、何千円もの電化製品を売っている。だからしるこ屋の百倍、二百倍もの努力をしなくてはいけないな。そのことがわかるか」



なんとこれは親心満載の松下幸之助流の激励だったのです。課長だけのミスではないにしても、責任者である課長に怒るのではなく、商売のノウハウを叩き込んだのです。


「よし、君、いまわしが言ったことがわかったのであれば、会社をやめてくれは取り消すから、明日からは課長としての仕事をしっかりやってくれ」

 

 

 

君はなぜ学校を出られたか


ある課長を、工場長に任命したときの話である。最近の仕事のことなどについてひとしきり懇談していたが、松下幸之助は突然話題を変えて、こんなことを聞いた。


「ところで君、学校はどこを出ているのや」
「はあ、神戸高商を出ています」
「そうか、神戸を出て、うちに入ってくれたんやな。それじゃあ君、なぜ神戸高商を出ることができたんや」
「そうですねぇ、一つは父親がある程度金を持っていたからだと思います。もう一つは私の成績はそこそこだったこと。この二つが大きな要因だと思います」



なぜ学校を卒業することができたのか、それを聞いたのです。この2つの要因はもっともな気がしますが、松下幸之助によれば、もっと肝心な理由があるようです。


「君、その学校は誰が建てたんや。まさか君の親父さんが建てたんと違うやろ。それは確かに君の成績もよかったし、親父さんがある程度金を持っていたから学校へ行けたわけやけれど、その学校はいったい誰が建てたんや。国が建てたんと違うか。国が国民の税金で建てたのやろ。その税金といえば、君と同じ年で、小学校を出てすぐに働いている人たちも納めている。ということは、君が学校を出られたのは、君と同年輩の人たちが働いて学校を建ててくれたから、ということになるな……違うか」



松下幸之助は、もっともっと広い視野で物事を見ていたのです。自分や親がどうこうではなく、社会が国がということを言いたかったのでしょう。


そうすると、君は、小学校を出て働いている人たちよりも、数倍大きな恩恵を社会から受けていることになるが、君、それはわかるな」
「はい」
「とすれば、君はそういう人たちの数倍のお返しを国なり社会にしなくてはいけない。僕はそこのところが非常に大切だと思うんやが、どうやろ



念を押すように問い返したようです。私たちも同じように、学費を払ってもらった親だけでなく、国や社会に感謝しなければいけないのではないでしょうか。


松下幸之助は、彼を工場長に任命するのにどうしても伝えておきたかった話だったのだと思います。


「それがわかったら君、今晩すぐ電車で名古屋へ行ってくれ。君に名古屋の工場長をしてもらおうと思うんや。それがわかってさえいれば、君は工場長がすぐできる」

 

 

 

僕は婦人を解放した


昭和30年ごろから、松下電器は海外からの賓客を迎えることが多くなっていた。そこでソ連のミコヤン第一副首相もそのうちの一人でした。


そのときに両者とお間に面白いやり取りがあったのです。


「あなたのお国は人民を解放されたとお聞きしています。それは大変新しい生き方だと思いますし、敬意を表します。しかし、僕は僕で、婦人を解放したんですよ」
「それはどういうことですか?」
「以前、日本の婦人は、食事の仕度をしたり、洗濯をしたり、また掃除をしたりと、朝から晩までいろんな家事に追われて、ほとんど自分の時間がもてなかった。しかし僕は、炊飯器や洗濯機や掃除機など、いろいろな家庭電気器具をつくって、日本の婦人を台所から解放したんですよ。もっとも時間的に解放したということですけども……。だから、あなたのところは人民を解放し、僕は婦人を解放した」



おそらく半分くらい冗談のつもりで言ったんでしょうけども、あながち間違っていない面白い表現だと思います。


さらに、ミコヤン副首相は握手を求めながら言いました。


「あなたは資本家であるけれど、偉い」

 

 

 

青春の詩


松下幸之助が古希を迎えたとき、ある人から、マッカーサー元帥が座右に置いていたといわれる、サミュエル・ウルマンの「青春」という詩をもらったようです。


その詩の内容に大いに共感した松下幸之助は、これを自分なりに、唱えやすいようにさらに短くまとめたのです。


それが次の文章です。

青春とは心の若さである
信念とは希望にあふれ、勇気にみちて
日に新たな活動を続けるかぎり
青春は永遠にその人のものである



松下幸之助は、この詩を自室の壁に貼って、日々読み返し味わい返して、座右の銘にしていたようです。

 

 

 

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