なぜ美男美女は同じ顔になるのか?『コンテンツの秘密 ぼくがジブリで考えたこと』

なぜ美男美女は同じ顔になるのか?『コンテンツの秘密 ぼくがジブリで考えたこと』

トップクリエイターたちは何を考えているのか?


コンテンツとはなんだろう。クリエイターとは何をやっている人だろう。そんなことを考え、スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーに弟子入りしたのが川上量生さんです。


今回紹介する書籍は川上さんの著書『コンテンツの秘密 ぼくがジブリで考えたこと』です。


クリエイティブとはなにか?
オリジナリティとはなにか?
コンテンツの情報量とはなんのことか?
宮崎駿や高畑勲、庵野秀明など、トップクリエイターたちはどのようにコンテンツをつくりあげているのか?


こういった秘密にせまります。

 

 

 

 

目次

 

  1. 優れたアニメーターは「らしい動き」を描ける

  2. コンテンツとは脳のなかのイメージの再現である

  3. なぜ美男美女は同じ顔になるのか

  4. パターンは陳腐化する

  5. パターンをずらす

  6. 天才の定義とオリジナリティ

 

 

 

 

 

優れたアニメーターは「らしい動き」を描ける


アニメ業界の人から話を聞いたのですが、アニメーションの動きは現実の人間の動作を忠実に再現しても、良いものにはならないそうです。


また、俳優さんのモーションを元にCGでコピーしてアニメーションにしても、「らしい動き」にはならないと言うのです。


ジブリ作品はまさにこの「らしい動き」がうまく取り入れられてます。


『かぐや姫の物語』は、とくに絵のタッチが独特で色のついた水墨画のようなもので描かれています。作中の赤ん坊のときのかぐやの動きがまさにらしい動きです。現実の赤ちゃんよりも赤ちゃんらしい動きをしています。



つまり「らしい動き」は、脳のなかにあるイメージを模倣して描いたものと言うことができるでしょう。

 

 

 

コンテンツとは脳のなかのイメージの再現である


どうやら、コンテンツが模倣するのは現実にあるものではなく、脳のなかのイメージのようです。

でも、ほとんどの人にとって、自分の脳のなかにあるイメージをコンテンツとして具体的に再現することは、とても難しいことです。


クリエイティブ系の職種で働いている人がいかにすごいかが実感できます。



「芸術は誇張である」という表現を聞いたことがあるかと思います。

「芸術は(現実の)誇張」というのではなく、「芸術は脳のなかのイメージの模倣」であり、脳のなかのイメージとは特徴の組み合わせなので、結果的に誇張になっているだけである。



宮崎駿監督は引退会見で「アニメーションとは”世界の秘密”をのぞき見ること」という言葉を残しています。

さらに、「風や、人の動きや、いろんな表情、体の筋肉の動きなどに、世界の秘密が隠されている」とも語っています。


この言葉を参考に、考えることができるでしょう。「アニメーション」を「コンテンツ」と変換しても、成立するはずです。


つまるところ、クリエイターの使命とは”世界のひみつ”を見つけて再現することではないでしょうか。

 

 

 

なぜ美男美女は同じ顔になるのか


多くのアニメーターが口を揃えていうのが、「美形キャラは描きにくい」ということです。理由を聞いてみると、特徴がないからだと言います。


しかし、イケメンとか美女をアニメで描くのは、簡単なのだそう。描くのは簡単だけれども、困ったことに全部同じ顔になってしまうのだとか。


よくみると、ジブリの主人公も似たような顔が多いですよね。


人間が認識する美男美女は平均的な顔になる


そもそも人間が感じる美男美女とは遺伝子的にバランスのとれている人間だという説があります。反対に特徴のある顔というのは遺伝子的に何か欠陥があると思ってしまうのです。だから、人間は平均的な顔を好むらしいです。


それを踏まえ、アニメやライトノベルに登場するキャラクターの画一的な美形化が進んでいると言われています。


この流れは、貞本義行さんの『新世紀エヴァンゲリオン』の絵が登場して以降、どんどんエヴァに近づいていったと分析しています。



今後も、揺れ動く時代の影響を受けてコンテンツの形も変化していくかもしれません。

 

 

 

パターンは陳腐化する



コンテンツを突き詰めていくと、多くが同じパターンで成り立っています。コンテンツがワンパターンになるのは仕方のない宿命かもしれません。


とはいえ、クリエイターは開き直って、ワンパターンのコンテンツをつくるべきという考えが正しいのかといえば、そうではない気がします。


今ライトノベルや、新人漫画では、異世界転生ものが特段流行っています。他にも週刊漫画雑誌では、王道パターンなるものが存在しています。


あまりにワンパターンであれば、見る側受け取る側は飽きてしまいます。

パターンは消費によって陳腐化していくのです。


クリエイターにとって、コンテンツが飽きられてしまうことは「死」を宣告されるようなものです。生活できなくなってしまいます。


もちろん、何とかしてワンパターンにならないように努力することは欠かせないでしょう。

次にその方法について見ていきましょう。

 

 

 

パターンをずらす


著者の川上さんが、考えた定義が「分かりそうで分からないもの」だと言います。

コンテンツを分かりそうで分からないものにするために、いかにパターンをズラすか、その方法を紹介します。

パターンに”引っかかり”をつくる
パターンを予測させない
誰も見たことのない表現技法
美術史のサイクル
コンテンツのサイクル



何か引っかかりをつくることで、違和感を感じます。綺麗に完璧にするのではなく、あえて余白をつくるとでもいいましょうか。


先のストリーの展開を決めずに、読者と同じような目線でストーリーを描いている人もいるようです。小説家の栗本薫さんは、ミステリー小説ですらトリックは後で考えると公言しています。


行き詰まったときは、美術史など古典のコンテンツを参照するのも効果的な方法です。一周回って面白いなんてこともありますから。

 

 

 

天才の定義とオリジナリティ

 

天才とは自分のヴィジョンを表現してコンテンツをつくるときに、どんなものが実際にできるのかをシミュレーションする能力を持っている人である。


本書ではこのように天才を定義しています。


米国では、コンテンツを作るときにプロトタイプをCGを使っていっぺんに全部作ってしまうようです。その上で、実物を見ながら議論をして完成へと近づけていくようです。


しかし、日本ではお金が乏しく、そこまでの費用をかけることができません。しかし、ここで定義したような天才が一人でもいて、負けじと対抗できるというのです。


クリエイターは基本的に以下のパターンで、オリジナリティというものを生み出しています。

・脳のビジョンを再現する能力が技術的に不足しているため、偶然に、なにか違うものができてしまう
・意図がでたらめな要素を入れてコンテンツをつくる
・パッチワーク的に、自分がつくっていない要素をパーツとして利用する結果、自分がつくっていない要素が原因で”奇跡”が生まれる
・いままでの自分が知っているパターンを切り貼りして、新しい組み合わせのパターンをつくる


これらが、コンテンツにオリジナリティがあるように見える原因です。


最後にコンテンツについての結論を記載しておきます。

コンテンツとは”双方向性のない遊び”をメディアに焼き付けたものである。


これをさらにシンプルに言い換えたものが

コンテンツとは”遊び”をメディアに焼き付けたものである。



遊ぶということこそ、コンテンツなのかもしれません。そう考えると、作品の見方も変わってきますね。

 

 

 

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